抗生物質は、細菌感染症の治療において非常に効果的な手段ですが、その一方で腸内細菌叢に大きな影響を与えることが知られています。特に、β-ラクタム系抗生物質は日常的に処方される薬剤であり、これらが腸内環境にどのような影響を及ぼすかを理解することは、健康管理において重要です。
また、抗生物質の過剰な摂取は「薬剤耐性菌」の出現を引き起こします。この薬剤耐性菌が世界的に蔓延していることで、抗生物質が効かない細菌感染による死亡率の増加が問題になっています。腸内は多くの細菌が密集しているため薬剤耐性菌が発生しやすく、そのため抗生物質の摂取が腸にどのように影響を与えているかを知ることは、世界的な薬剤耐性菌問題に対応するためにも大切です。
2024年にMicrobiome誌に掲載された研究では、健康なボランティア22人にβ-ラクタム系抗生物質を3日間投与し、その後3ヶ月間にわたり腸内細菌叢の変化を追跡しました。この研究から得られた知見をもとに、抗生物質が腸内細菌叢に与える影響と回復力について詳しく見ていきましょう。
1. 抗生物質による細菌叢の撹乱
研究によると、抗生物質の投与は腸内細菌全体の数を大きく減少させ、腸内細菌叢の構造に大きな変化をもたらしました。特に、Enterobacteralesという細菌群が顕著に減少し、これにより腸内細菌の多様性が失われました。Enterobacteralesは腸内の健康維持に重要な役割を果たしており、この減少は腸内環境全体のバランスに悪影響を及ぼす可能性があります。
2. 抗生物質耐性遺伝子の変動とβ-ラクタマーゼの役割
抗生物質の投与から4日目以降、β-ラクタマーゼをコードする遺伝子の相対量が増加しました。β-ラクタマーゼは、抗生物質を分解する酵素であり、この増加は抗生物質に対する耐性を示す細菌が生き残りやすくなったことを示しています。さらに、β-ラクタマーゼ活性の高い腸内環境では、抗生物質投与後の代謝機能の回復が早いことが示されました。
つまり、抗生物質によって破壊された腸内細菌叢では、回復のためにβ-ラクタマーゼを作る種類の腸内細菌が増加し、元の状態に戻る作用が働いていることがわかりました。そして、およそ30日後には腸内細菌叢の回復が認められています。
3. メタボロームの変化と回復力
抗生物質投与後、糞便中のメタボローム(細菌が作る代謝産物の集合)の構成が大きく撹乱されました。特に、コレステロールや胆汁酸の代謝能力が一時的に低下しました。しかし、これらの代謝機能は比較的早期に回復し、10日目までに元の状態に戻りました。この回復力は、腸内細菌叢が抗生物質の影響を受けても、代謝機能を迅速に修復できる能力を持っていることを示しています。
4. 真菌叢とC. albicans(カンジダ菌)の増加
抗生物質投与後、一部の真菌叢(カビや酵母)に影響が見られましたが、その影響は細菌叢ほど顕著ではありませんでした。ただし、C. albicansのような真菌のDNAレベルは一部の被験者で増加していました。
C. albicans(いわゆるカンジダ菌)は、腸内で異常に増殖すると、消化不良や腹部膨満感、ガス、下痢や便秘などの消化器系の不調をもたらす可能性があります。また、腸のバリア機能の低下や免疫力の低下、有害なアセトアルデヒドの産生につながることもあります。
通常は腸内細菌がカンジダ菌の増殖を抑えているところ、抗生物質の投与によってそれらの細菌が減少し、カンジダ菌などの特定の真菌の増殖を促進する可能性があることを示しています。
抗生物質、特にβ-ラクタム系抗生物質は、腸内細菌叢に広範な影響を及ぼし、有用な細菌群も含めてその構造を大きく撹乱します。しかしながら、腸内細菌叢はある程度の回復力を持っており、β-ラクタマーゼがその回復を支援する重要な役割を果たしていることが明らかになりました。一方で、短期間の抗生物質投与でも、カンジダ菌の異常増殖などを引き起こす可能性があることも示されています。
抗生物質の使用において腸内環境への影響を考慮して不適切な使用をしないこと、さらに必要に応じてプロバイオティクスなどの補助的な手段を用いることが、健康管理において重要であることを示唆しています。
(参考文献)
Perturbation and resilience of the gut microbiome up to 3 months after β-lactams exposure in healthy volunteers suggest an important role of microbial β-lactamases
Microbiome (2024) 12:50
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