腸内細菌叢が私たちの健康に与える影響は、近年ますます注目されています。
IBS(過敏性腸症候群)患者においても、腸内細菌との関連が重要なテーマとなっています。最新の研究では、腸内細菌が産生するヒスタミンがIBS患者の内臓過敏症を引き起こすメカニズムが明らかにされました。
IBS(過敏性腸症候群)とは何か?
過敏性腸症候群(IBS)は、慢性的な腹痛や不快感、腹部膨満感、便秘や下痢などの消化器症状を特徴とする機能性胃腸障害です。IBSは、腸の運動機能や腸内細菌叢のバランスの乱れ、ストレス、食事などが関係するとされていますが、明確な原因はまだ完全には解明されていません。
IBSは男女ともに発症しますが、症状や発症率に性差があります。
テレビCM等の影響から、「IBS=ストレスを感じる男性の下痢」というイメージが強いのですが、実は女性は男性よりもIBSを発症するリスクが高いことが知られています。

IBSには下痢型(IBS-D)と便秘型(IBS-C)があり、男性では下痢型が多い傾向がありますが、女性に多いIBSのタイプは便秘型です。また、女性はホルモンの変動により症状が悪化することがあり、特に月経周期の影響を受けやすいとされています。男性は女性よりも腹痛を訴えることが少なく、症状が軽い場合が多いです。
腸内細菌とヒスタミンの生成
今回ご紹介する論文では、IBSにおける腸内細菌とヒスタミンの関係について検証されています。腸内細菌は、食事から摂取される炭水化物(糖質や食物繊維)を発酵させる過程で様々な代謝物を生成します。その中には、神経活性物質であるヒスタミンも含まれます。
具体的には、Klebsiella aerogenes(クレブシエラ・アエロゲネス)などの細菌がヒスタミンデカルボキシラーゼ(hdc)遺伝子を持ち、アミノ酸のヒスチジンからヒスタミンを生成します。

高ヒスタミン生成細菌とIBS
De Palmaらの研究(2022)では、高ヒスタミン生成能力を持つKlebsiella aerogenesがIBS患者の腸内に高頻度で存在することが示されました。
特に、尿中ヒスタミン濃度が高いIBS患者から糞便(腸内細菌)を移植された無菌マウスは、IBSに特有の内臓過敏症を発症しました。この結果は、腸内細菌が生成するヒスタミンが内臓過敏症の一因であることを強く示唆しています。

短鎖脂肪酸はIBSに影響していない
以前の研究では、短鎖脂肪酸(SCFAs)がIBSの症状を引き起こすと考えられていましたが、今回の研究ではこれが否定されています。De Palmaらの研究では、発酵性炭水化物を摂取したマウスの腸内の短鎖脂肪酸の総量、酪酸、プロピオン酸のレベルは変化せず、SCFAsが内臓過敏症に寄与していないことが示されました。
つまり、発酵性炭水化物によって腸内で増えてIBSを引き起こすのは、短鎖脂肪酸ではなくヒスタミンということです。
食事の影響と治療の可能性
発酵性炭水化物の摂取は、腸内でのヒスタミン生成を増加させる可能性があります。高発酵性炭水化物(FODMAPs)は、小腸で完全に吸収されず、大腸で細菌により発酵されます。この発酵過程で生成されるガスやヒスタミンが、腸管の過敏症状を引き起こすと考えられます。一方で、低発酵性炭水化物食(Low FODMAP Diet)は、これらの症状を緩和する効果があります。
高発酵性炭水化物(高発酵性食物繊維)は健康のために大切ですが、ストレス等によりIBS症状を持っている人には逆効果な場合があります。食物繊維をたくさん食べているのに調子が悪いという人は、発酵性が高い食材を控えることで症状が緩和する可能性があります。
高発酵性炭水化物と低発酵性炭水化物の具体的な例
<高発酵性炭水化物>
高発酵性炭水化物は、腸内で発酵しやすく、ガスやヒスタミンの生成を促進するため、IBSの症状を悪化させる可能性があります。具体的な食材例を以下に示します。
果物: リンゴ、洋ナシ、サクランボ、マンゴー、スイカ
野菜: アスパラガス、ブロッコリー、キャベツ、カリフラワー、ニンニク、玉ねぎ、キノコ
豆類: 大豆製品(豆腐、テンペを除く)、レンズ豆、ヒヨコ豆、黒豆
穀物: 小麦製品(パン、パスタ、クラッカーなど)、ライ麦
乳製品: 牛乳、ヨーグルト、ソフトチーズ(リコッタ、カッテージチーズ)
その他: ハチミツ、高フルクトースコーンシロップ
<低発酵性炭水化物>
低発酵性炭水化物は、腸内での発酵が少なく、消化不良やガスの生成を抑えるのに役立ちます。具体的な食材例を以下に示します。
果物: バナナ、ブルーベリー、ぶどう、キウイ、いちご
野菜: ニンジン、ナス、オクラ、ズッキーニ、レタス、ほうれん草
豆類: エンドウ豆(少量)、さやいんげん(少量)
穀物: オーツ、キノア、白米、玄米、ポレンタ
乳製品: ラクトースフリー牛乳、ハードチーズ(チェダー、パルメザン)、バター
その他: メープルシロップ、白砂糖
(FODMAPs参照)
Monash University FODMAP Diet App
https://www.monashfodmap.com
Journal of Gastroenterology and Hepatology, 25(2), 252-258.
今回の研究結果は、IBS患者における新たな治療の可能性を示しています。腸内細菌が生成するヒスタミンをターゲットとした治療は、IBS患者の慢性腹痛の軽減に有効である可能性があります。特に、低発酵性炭水化物食の実践などが効果的なアプローチとなり得ます。
腸内細菌は個人レベルで大きく異なりますし、症状や相性の良い食材も様々です。もし食物繊維や発酵食品を食べても体調が優れないという方は、低発酵性の食材を選んで数日続けてみると、症状が変化するかもしれません。
(参考文献)
Histamine production by the gut microbiota induces visceral hyperalgesia through histamine 4 receptor signaling in mice
Sci. Transl. Med. 14, eabj1895 (2022)


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