うつ病(MDD)は、多くの人々が日々苦しんでいる深刻な精神疾患です。持続的な抑うつ気分や興味喪失といった症状が、生活の質に大きな影響を与えます。最近の研究では、腸内細菌と脳が相互に影響し合う「脳-腸軸」に注目が集まっています。今回は、腸内の炎症性細菌と海馬の機能的結合(活動状態)がどのように関係しているかを解説します。
腸内細菌叢の変化とうつ病
腸内には、40兆個1000種類もの腸内細菌が生息しています。この1000種類の腸内細菌たちは、遺伝子情報によって様々なグループに分けられています。例えば、乳酸菌が含まれるLactobacillaceae科(乳酸桿菌科)や酪酸産生菌が含まれるOscillospiraceae科(オシロスピラ科)など、人間でいう家族のように分類されています。今回ご紹介する論文で特に注目されているのが、Enterobacteriaceae(エンテロバクター科)というグループの細菌です。このグループには、大腸菌やクレブシエラなどが含まれ、一部は健康に役立つ一方で、過剰になると炎症を引き起こすことがあります。
海馬の機能的結合とは?
海馬は記憶や学習に重要な役割を果たす脳の部位です。海馬の中にもいくつかの領域があり、機能的結合(Functional Connectivity, FC)という考え方に沿って、海馬の異なる領域がどの程度協調して活動しているかを示すことができます。具体的には、海馬のある領域の神経活動パターンが他の領域の活動パターンとどれだけ同期しているかを評価します。
うつ病患者と健康な人の脳の活動と腸内細菌叢を比較
研究では、44名の未治療のMDD患者と42名の健康な対照者(HC)を対象に、安静時機能的磁気共鳴画像法(rs-fMRI)を用いて脳の活動を測定しました。また、それぞれの人から糞便サンプルを採取し腸内細菌叢を分析しました。その結果、以下のような重要な発見がありました。

- 海馬の機能的結合の異常
左海馬(CA2、CA3、DG)と右海馬(CA2、CA3)間でのFCが増加:
CA2とCA3は主に学習と記憶、特に空間記憶やエピソード記憶の処理に関与しています。歯状回(DG)は新しい情報の処理に重要です。FC(機能的結合)の増加は、これらの機能が異常に活性化されていることを示しており、うつ病患者が特定の認知機能や記憶プロセスにおいて異常な活動を示している可能性があります。
- 右海馬CA3と両側後帯状皮質(PCC)間でのFCが減少
PCCは、内向的な認知や自己参照的思考に関与しています。FC(機能的結合)の減少は、うつ病患者が感情の処理や自己認識に問題を抱えていることを示唆しています。

- 炎症性細菌(Enterobacteriaceae)の増加:
Enterobacteriaceae(エンテロバクター科)は腸内のグラム陰性の常在菌ですが、過剰に増えると腸の炎症を引き起こし、腸のバリアを破壊することで菌体成分や毒素が全身の循環へ移行してしまいます。これが全身の炎症を引き起こし、さらに血液脳関門という脳のバリア機能を通過することで脳の機能にも影響を与えます。

- 短鎖脂肪酸を生成する細菌(Prevotellaceae、Agathobacter、Clostridium)の減少
これらの細菌は、腸内環境を健康に保つために重要な役割を果たしますが、うつ病患者ではそのレベルが低下していました。短鎖脂肪酸は腸のバリア機能を整えることで有害菌や毒素の侵入を防ぎます。

これらの結果から、腸内の炎症性細菌の増加が、海馬の機能的結合に直接影響を与えることを示しました。具体的には、Enterobacteriaceaeの増加が、左海馬CA3と右海馬(CA2、CA3)間のFCの増加と正の相関があることが明らかになりました。これは、腸内の炎症が脳内の特定の領域に影響を与え、うつ病の症状に関連していることを示唆しています。
脳と腸の関係性は、マウスなど動物レベルで実証されることはこれまでもありましたが、人を対象とした臨床研究で証明されることで、その関係がさらに確かなものとして認識されるようになります。今後も腸内細菌と脳の関係についての研究が進むことで、うつ病の新しい治療法や食事成分を介した腸内細菌叢の正常化が期待されます。
(参考文献)
Gut proinflammatory bacteria is associated with abnormal functional connectivity of hippocampus in unmedicated patients with major depressive disorder
Translational Psychiatry 14:292 (2024)


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