紅麹サプリメントによる健康被害のニュースが大きく報道されています。私は前職で、健康食品製造のGMPチームで総括管理者を長年努めてきました。そこで、今回なぜこのような事態が生じたのかについて、分かりうる知識の範囲内で、まとめてみたいと思います。
<健康食品工場で発生しうる危害と、通常の対策について>
健康食品を含む食品工場では、以下の工程で製品製造が行われています。
「①原料の受入」→「②加工」→「③製品出荷」
これは、今回の紅麹粉末のように原料として他社に出荷する場合も、同様のプロセスになります。
この工程において、食品工場では発生する可能性がある危害を、次の3つに大別して管理しています。
- 生物的危害
主な原因物質:
・病原性微生物(大腸菌O157、サルモネラ、リステリアなど)、ウイルス(ノロウイルスなど)、腐敗微生物(腐敗細菌、カビ、酵母など)
・虫、鼠族(ハエ、蛾、ネズミ、昆虫など)
2. 化学的危害
主な原因物質:
・洗剤
・化学薬品(殺虫剤、ペンキ、ワックスなど)
・添加物(保存剤など)
・農薬、食品添加物、重金属
・アレルゲン
・カビ毒
3. 物理的危害
主な原因物質:
・ガラス、金属、プラスチック、石、砂、紙、事務用品など
・毛髪、まつ毛
そして、これらの危害が製品中に混入したり残存したりしないように、品質検査、品質管理を行っています。以下、各危害について製造工程上の①②③のどの段階で、どのような検査・管理が行われているのかについて主な事例を記載します。
1)生物的危害について
①原料の受入時:
企業ごとに定める受入時の微生物数の基準に従い、原料の供給元に微生物検査結果の提出を依頼します。また、受入側の企業(製造者)が実際に微生物検査を実施します。(実は必ず受入側の企業が検査をしなくてはならないという決まりはなく、原料の供給元の検査結果を信頼して受け入れることが多いです)
作業員に付着している菌が混入することがないように、手洗い等も入念に行います。原料の保存中に菌が増えないように、低温で保存します。
②加工中:
加工中では、微生物数を検査するかどうかはその企業によって異なります。なぜなら、次の製品出荷時に「加熱殺菌」をするなど、微生物が生きたまま残らないように殺菌するためです。逆にいうと、加工中に意図しない微生物の増殖があっても気付きにくいという問題点があります。
この意図しない微生物の混入・増殖の可能性を減らすため、各企業は工場内に浮遊している微生物や機器類・排水溝に残存している微生物の菌数を定期的(月一くらい)に数える、工場内の清掃頻度を増やす、防虫やネズミ対策をするなど、工程で対応しています。
③製品出荷:
病原微生物などが最終製品中に生きたまま残らないように、加熱殺菌などによって意図的に微生物を死滅させます。出荷前には、微生物数を数える検査を実施し、各企業や業界団体が定める規格値内に適合していることを確認します。
2)化学的危害について
①原料の受入時:
企業ごとに定める受入時の基準に従い、原料の供給元に農薬の使用履歴や検査結果、重金属の検査結果などの提出を依頼します。ここも同様に、受入側の企業(製造者)が自らも検査を実施するかどうかは、企業の姿勢ごとに異なります。
アレルゲンについては、明確に区分けして保管管理し、最終製品のパッケージに表示することで危害管理を行います。
②加工中:
加工中では、洗剤や化学薬品の使用履歴を毎回のプロセスごとにチェック(使用量や使用頻度など)し、記録として残して確認します。ここで今回の健康被害にも関連する内容になりますが、微生物が製造工程中に作り出してしまう物質(カビ毒など)には、途中段階で検査しない限り気付けないのです。
③製品出荷:
加工中に気付けなかった成分であっても、一般的にカビが産生することがわかっているカビ毒(アフラトキシン、パツリン、デオキシニバレノールなど)は、検査方法が確立されている既知の物質であるため、最終製品出荷前に検査によって発見することが可能です。また、重金属や農薬の残存有無も既存の方法で検査が可能です。(ただし、毎回の製造ロットごとにこれらの検査を実施するかどうかは企業によって異なります。過去の製造履歴から、同一の製造方法であればカビ毒は産生されないと結論付けている場合は、検査を実施しない場合もあります)
3)物理的危害について
①原料の受入時:
物理的危害については、基本的に①②のいずれの工程においても同様の管理を行います。毛髪の混入は作業着の適切な着用、粘着ローラーの使用で管理します。製造に使用する器具類の故障、破片の混入も、作業前後の点検をしっかりと行います。
また、照明器具は飛散防止のカバーをつけて落下を防止します。
②加工中:
上記と同様の管理です。
③製品出荷:
意図しない物理的危害の残存を防ぐために、最終的に完成した製品を濾過して大きな異物を排除します。また、金属検出器を通すことで、異物が残存しているとアラームが鳴るようにするなど、異物除去工程があります。
<なぜ紅麹粉末の製造工程でプベルル酸の存在に気づけなかったのか?>
ここまで、食品工場の製造工程においてどのように生物的、化学的、物理的危害を排除する手法が取られているかを説明してきました。
きちんと上記のプロセスを実行して運用している場合、「既知の成分(すでに危害がわかっている成分)」については健康被害リスクを最小限にすることが可能です。
一方で、今回の事象は「紅麹粉末の製造工程中に混入した青カビの一種が作り出したプベルル酸」が、腎機能障害を引き起こした成分と報道されています。(現時点での可能性です)
つまり、通常の健康食品を含む食品製造の工程において、
・通常はどの食品会社にとっても危害とは認識されていなかった
かつ
・健康被害を誘発する「化学的危害」を起こす成分
が
・紅麹粉末製造の「加工中」に「混入した青カビ」によって作り出された
という結果になります。
では、これを防ぐことができなかったのか? というと、完全に防ぐことは難しいと考えています。なぜなら、
・意図せず入り込んでしまった青カビは、最終製品の工程で「加熱殺菌」で死滅できる一方で、加工中に作られてしまった「プベルル酸」は加熱では壊れない
・おそらく紅麹自体には問題はなく、(おそらく)意図せず混入したカビが問題のプベルル酸を産生しているため、混入した特定のロットでしか健康被害が出なかった
・プベルル酸はこれまで知られていなかった(危害とは認識されていなかった)成分であり、食品安全の検査項目に入っていないため検査の対象外
・未知の成分を食品製造において全て検査して特定することは、現実的には不可能
・医薬品とは異なり完全無菌室の工場で製造していないため、工場内の微生物検査を実施しても完全には混入リスクを除去できない(もちろん混入を最小限に抑える企業努力は必須です)
こうした理由や状況から、健康食品に限らず、いずれの食品会社においてもリスクはあり得る事例になります。もちろん、企業ごとのリスク低減対策や管理体制によって、その可能性に増減はあります。
全ての食品会社にとってできる対応策としては、
- GMP認証やHACCP認証、ISO22000を取得するなど、可能な限りリスクを減少させるよう工程管理をさらに徹底する
- 原料受入時、最終製品出荷時だけの検査で安心せず、加工中の工程でも実測で微生物検査を実施する(意図しない微生物が増殖している場合に、なるべく早く気づくため)
という点になるでしょう。
健康食品に対して報道や被害状況を見ると、購入に対して躊躇してしまう、飲んでいる健康食品を解約したいと思われる方も今回とても多いはずです。
ただ、今回ご説明した各工程を、きちんと実行して健康リスクの低減に真摯に向き合っている企業も数多くあります。
もしご自身が購入されている製品に不安がある場合は、上記のような製造工程に対して企業がどのような対応や対策を普段から実施しているか、問い合わせて確認されると良いでしょう。安全性や製造工程を含めて健康食品業界の環境が整備され、本当に良い製品が正しく評価されていくことを望みます。
コメント
自分自身、塩麹や醤油麹といった麹菌と近い生活をしていたので、麹菌も何か気をつけるべきなのかな?
と心配なのですが、自宅で麹を使った調味料を作っている人への先生からのアドバイスなどありましたら、また、どこかの機会で教えていただけますと嬉しいです。
コメントありがとうございます。
今回の紅麹の件は、紅麹自体に問題があったというより、製造工程中の青カビの混入ではないかと思います。
その上で、青カビはどこにでもいるので、自宅での麹作りでも混入する可能性はゼロではないです。というより、どんな食品にも入り込むことはあり得ます。
健康食品の製造においては、大量に紅麹を培養して増やす工程があり、そこに青カビが入り込むと、一緒に大量に増えると考えられます。
つまり、単にカビが入るだけでは危害が出るほどに有害物質は増えず、今回のように培養装置で培養したことが有害物質が増えてしまったのではないかと予想します。
日常、自宅で麹を使った調味料を作っている量でしたら、今回のような害は量的に起こらないはずです。
むしろ、手洗い等をきちんとして、サルモネラ菌など、通常の食中毒菌の発生を抑えることの方が大切だと思います。